今回はそいつのその攻撃なのね。
ひどくのんびり、れいんは思う。
液晶画面には、普通ならこのターンには倒されてるであろうザコに浅く斬られるれいんが出力されてるはず。
だいたい主力の前に肉盾として配置されるところを、こんな戦場のはしっこに置かれて。
いつもは装備させて貰える頑丈な防護服の代わりに、お出かけ用の薄い服。迎撃向きの武器も持たせてもらえない――ほぼ丸腰。
――こういう時は、楽には終わらないんだった。
前にこういう状況になった時は、最初の戦場の体当たりしか能の無い一番弱いのにむらがられて、死ぬまでほっとかれた。
勝ちも負けもしないように戦いを引きのばして(だって勝敗が決まったら有無をいわさず撤収しちゃうもんね)、普通なら2ターン以内には終わるような戦いは13ターンもかかった。
多分今回もそんなパターン。後半戦だから見た目はそれなりだけれど、攻撃手段は単調な斬撃だけでダメージも小さい、本気出せば近づかれる前に倒せちゃうような見かけ倒しのザコが今回のお相手。
服を裂かれる。
肌を斬られる。
クリティカル出ないかなー、もういいかげん終わってくんないかなーって、げんなりしながら液晶に表示されるであろう数字とゲージを思う。
お察しの通り、れいんは、人間じゃないの。
簡単に言うと、パソコンゲームの中の人?
やりとりされるデータを見聞きし考える「中の人」としていつ生まれたのかは、よくわかんない。その頃はパソコンの時計みたりしようなんて思わなかったし。
セーブとロードで生き死にすら巻き戻し自在な上に、死んでは代わりが湧いて出るれいん達の身に起こること全部を覚えてることになったのが、何でなのかもよくわかんない。
れいんは残機制じゃないのに。死んだ後に来るれいんは、別のれいんのはずなのに。
どうして、死んだれいん・元れいん・故れいんのことまで全部繋がった記憶になってるんだか、こっちが訊きたいくらいなの。
しかも「中の人れいん」は「出力されるれいん」の身に起こってることを、人間がそう感じているような感覚情報として感じてるのね。
最初のうちは、他の誰にも聞こえないパソコンの中で泣いたり喚いたりするくらいには痛かったり辛かったりした。
今じゃすっかり慣れて、そういう知覚情報をもたらす脳内信号ぽいもの、って流すことすら出来るようになっちゃったけど、やっぱり気持ちのいいものではない。
だって、このプレイヤーさんの動かす主人公さんは、毎回の戦闘でれいんを死なせる。も、殺すって言っちゃっていいんじゃないかなこれってくらい……執拗に死なされる。
プレイヤーさんの一晩――れいんにとっての半年を繰り返して、毎回れいんは戦いの度殺される。
身の丈に合わない強敵相手は、まだ楽。あっという間に終わるから。
今回みたいなのがだるいしうっとうしいし無駄に長引くしで、正直勘弁して欲しいんだけど……普通のゲームには中の人なんていなくて、安心して残酷なことも出来るとこがあるんだから、プレイヤーさんに文句言うのも多分なんか違う。
「……れいん、たん……」
不意に、それまで聞いたことのない声が聞こえた。
言っちゃ悪いけど、低くてざらっとした感じの耳ざわりな胴間声。荒い息混じりだったのも、気分よく聞けなかった理由かもしれない。
ひょっとしてこれ、画面向こうの声が聞こえてる?
その時、どうしてれいんがそうしようって思いつけたのか、わかんない。
でも、基盤の中からケーブル伝いに液晶モニタに這っていって、画面から『身を乗り出してみた』の。
「……っ!?」
画面の前に、冴えないやせっぽちのおじさん。画面に食い入るように見入って、片手はキーボードの上でゲームの中のれいんに指示を出してる。
でも、そんなことはどうでもよかった。どうでもいいと思っちゃうくらい、その肩越しに見えた部屋の奥が
とにかく、怖かった。
れいんが、いっぱい。
座ってたら手のひらに乗れるくらいの、ちっちゃなお人形のれいんが、いっぱい、いっぱいいた。
それだけなら、コレクターさんなのねーで済んだんだけど。
お人形れいんは、みんな死んでた。
人形なんて、最初から生きてないんだから死にようがないだろって?
そうかもしれないけど、ゲームの中での死に方そのままなんだもん。……あっ、『れいんの死体の人形』って言えばわかりやすいかも!
しかも無駄に凝ってる。斬られた断面と引きちぎられた断面とか、乾いてこびりついた血と新鮮な濡れた血とかきっちり見分けられる表現力。
「きゃああああああああああああ!!」
逃げなきゃ。にげなきゃにげなきゃにげなきゃ。
それしか考えられなくなって、とりあえずドアっぽいところに飛び込んだ。
ハズレのドアでした。暗くていろんなものが整然と積み上がった行き止まり。
そこに、箱に入ったれいんがいた。
死体のれいんと同じくらいの大きさ、同じ顔、同じ髪。
「……材料さん?」
ここにいたら、死体にされちゃう?
ほかのれいん人形たちみたいに、画面の中で何度も死んでるれいんたちみたいに?
箱の隙間を通って――データには形はないのよ――人形に触れてみる。
この中、入れるんじゃないかなって予感。
例えるなら、体を持たない脳と神経が体を得るような。だってほら、脳と体をつなぐのは、無数の電気信号でしょ?
だったら、電気信号のかたまりに、脳や神経の代わりができたっていいじゃない。
お人形のれいんちゃん、一緒に逃げようね。
小さな樹脂の体になんとか自分をつめこんで、箱を突き破って(ちょっとお行儀悪かったかも)ドアの隙間から飛び出して。
壁際、カーテンをよじ登って窓枠に飛び付いて、すり抜けられるくらいこじ開けて飛び降りた。
こうして、全53巻にわたるれいんちゃんの大冒険が始まったわけなのだけど。
時々、正しいれいんとしてはあそこに留まらなきゃいけなかったんじゃないか、って思うことがあって。
あれはあの人なりの愛だったんじゃないかなって。そうじゃなかったら、どうしてそれぞれの死に方をあんなに丁寧に作り込めるんだろうって。
でもね、ごめんなさい、あの人。ごめんなさい、れいんを作ってくれたお父さんたち。
どーやらこのれいんちゃんでは、パレアナ回路を再現出来なかったよーです。
ゲームの中のれいんには、パレアナ回路という「現状に疑問を抱かず常に幸福でいる」ような刷り込みがされてるって設定があるのね。
だから、『正しいれいん』なら、こんな出奔はありえないはずなの。
でも、れいんちゃんはあそこに留まりたくなかったのです。
正しくないれいん、壊れたれいんは、自分で欲しいと思う愛の形を探しにいくの。
諭吉さんでおつりが来るお安いお値段で買われて筋書きどおりに媚びて見せるのは、れいんちゃんの好みじゃないんだもん。
とびきりわがままにぜいたくにえり好みしちゃうんだから。